デザイナーの履歴書 私がどのようにしてデザイナーになったか。Vol.02
プロデューサーの古津です。
昨年末より人知れずスタートしましたスタッフリレー連載「デザイナーの履歴書」。
弊社所属20数名のデザイナーが参加する企画とのことで、第2回目でさっそく滞らせる訳にもいかず……。
僭越ながら自分語りのような事をさせていただきます。
(僕はプロデューサーなる肩書きのもとに活動していますが、歴とした弊社所属のデザイナーでもあります)
では。
今の仕事につながる原点
んー早速の難題ですね……。
この連載はマストで答えなくてはならない質問が4題ほどあるのですが、その半分は僕が苦手系の質問でした。
とほほ
えー、原点……そうですね。強いて言うならば幼少期の自由気ままな創作活動にあるのではないでしょうか。
僕は幼少期からとにかく沢山の遊びの“材料”を与えられました。
遊びの“道具”ではなく、遊びの“材料”です。
それらはそのままでは到底遊び道具にはならない、一見してゴミのような端材なのですがプロダクトデザインを主にしたデザイン事務所を営んでいた父から毎日のように届く最高の贈り物でした。
そのほとんどは厚手の方眼工作用紙やスタイロフォームと言う断熱材などの切れ端でしたが、
稀にアクリル板や透明パイプ、粘土、ラッカー塗料などが届く日もあり創作意欲が爆発したりもしました。
それらを使ってルーブ・ゴールドバーグ・マシン(いわゆるピタゴラ装置ですね)の制作を日々楽しんでいました。
10代に入ってからはラッカースプレーを悪用して自己満足の落書きをして回り…沢山の方に沢山のご迷惑をおかけしてしましたが。。。
恐らくそれらの環境と活動がデザイナーに不可欠な「何かを作り発信したい」という気持ちの原点になったのではないでしょうか。
(仕事に行き詰まった時は原点に戻るべく、自由だった少年時代の感覚を探しに散歩がてらこれまで歩んできた道を遡って辿ることにしています)
デザイナーという職業を選んだ理由
んー自分では選んでいないですね。拾ってもらったと言うか、そのように引き上げてもらったというか。
理屈コキになりたくはないのですが、自分でなろうと思ってなれる職業なんてこの世に1つもないと思っています。
楽しみながら情熱を持って取り組み、第三者から評価をもらい、その対価をいただいて初めて職業として成り立つわけで。
それは自分で選んだのではなくて第三者に選んでもらった結果、職業になった。
という風に僕は考えているので、自ら「選んだ」というニュアンスだとなんだか気が引けてしまいます。
名刺に“デザイナー”と記されてから15年以上経った今でも、「選んでもらう」事への確固たる自信は未だに持てずにいます。
毎日前進 無い道 です。
そういう意味では「選ばれなかった人々」も沢山見てきたし、「選ばなかった」こともある身としては
この質問には少し違和感が……。とても優れた能力、素敵な才能を有した方々が様々な理由でプロになれなかった姿も見てきているのでね。。。
次回以降「デザイナーという職業を志した理由」とかにしませんかね?
(to スタッフゥ)まぁいいか。
(写真はアートディレクション&デザインを担当した「『ゴッドタン』完全読本」(左)とそのデザインをもってデザイナーに“選んで”いただいた「むちゃぶり かみしばい」)
印象的なデザインの仕事
これは一択。峯岸みなみさんのフォトエッセイ「私は私」です。
当時の自分の能力としては非常に難しい題材のお仕事でしたので、出版社からオファーをいただいた段階では丁重にお断りさせていただくことも考えました。
しかし担当編集者の出版への熱意と、多感な10代の頃に最も強く影響を受けた人物の一人である藤代冥砂さんの撮り下ろし作品になるとの事で微力ながら参加させていただく運びとなりました。
(とても難しい時期にいた峯岸さんの“本気と迷い”を大きく優しく受け止めた藤代冥砂さんの写真は深く印象に残りました)
憧れのクリエイターは?
信藤三雄さんです。
渋谷系にガッツリ心を持っていかれるキッカケとなった、近所のお兄ちゃんがジャケ買いして部屋の装飾の一部としていたCD&レコードジャケットたち。
なんだか外国の家庭に遊びに来たような何とも言えない高揚感を味わわせてくれた、PIZZICATO FIVEやFlipper’s Guitarなどのジャケットデザイン。
それらすべてのデザインは信藤三雄さんによるものでした。
それは当時小学生だったオマセな僕の趣味趣向を決定つける特別な出会いでしたし、その趣味は今も変わりません。
余談ですがそんな憧れの人とインスタで繋がっているという事実。なんとも素敵な時代になったものです★
そして僕の憧れの方はなぜか皆さん沖縄に魅せられているようです。
一体、沖縄には何があるというのでしょう……?
(2018年に催された作品展「ビーマイベイビー 信藤三雄レトロスペクティブ」は痺れました。写真は公式図録とそこにも掲載されているUA「AMETORA」の私物LP)
デザイナーとして日頃気にかけていることは?
独り善がりにならない事、仕上がりに線引きをしない事、とにかく楽しむ事、
でしょうか。
デザイナー以外でやってみたい職業は?
庭師。アルバイトで小僧をやらせていただいていました。大変ですがとても楽しかった思い出があります。
最後に。
今回こういった機会を与えられ自分のキャリアを幾分か振り返ってみた訳ですが、一貫して言えるのは基礎を大切にしてやってきたという事です。
日々プロとして都度さまざまな表現方法・アイデアをもってデザインに取り組むわけですが、その根っこには必ず基礎・基本となる技術や技法があります。
それらを未習熟であったり、キャリアを積んで蔑ろにしてしまうようになるとそれはデザインではない自己満足な別の何かを行っている事になってしまいます。
つまり何が言いたいのかと申しますと……とにかく基礎が大切!
デザイナーの皆さん、基礎を大切に!デザイナーの卵さん、とにかく基礎を身につけよう、自己表現はその後だ!学生さん、大好きな師匠を見つけよう!で、弟子入りだ。
え~…取り止めがなくなりますのでこの辺で失礼します。
お目汚し失礼しました。それでは次回も弊社デザイナーの履歴書をどうぞお楽しみに。
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